3月うさぎ

calender entry comment trackback category archive link
ポン・デザール<パリ・レポート59>
3月うさぎ
120601_1557~01.JPG

ポン・デザール/Pont des Arts
訳すと芸術橋。
フランス学士院とルーブル宮殿(方形宮)を結んだ橋。

芸術の橋という名前の割には、簡素な金網の柵に板張りの橋だったりするので、この通り、若い恋人達の聖地になっている。
南京錠に二人の名前を書いてロックしたら、鍵の方はセーヌに捨てるらしい。(つまり、この錠前を外すコトができない→二人の愛は永遠♡)
橋およびセーヌ川、そして景観的にもえらい迷惑な気もするんですけど、、

それに、そんな南京錠で縛り付けるような恋愛ってどうなんだろ・・(いい思い出のある方にはごめんなさい、、)このロマン私にはどうも解りません。

日本にもこのブームはあちこち飛び火していますよね。
でも、パリのこの橋が一番最初か・・と言うと、元祖はもっと別な場所という話もあるようで。。

歩行者だけが通れる橋なので、橋の上でシートを広げてピクニック気分な家族とかもいて、
川の上の公園にもなっているのがポン・デザールの特徴。



フランス旅行4
comments(2)
trackbacks(0)
ポスター<パリ・レポート60>
3月うさぎ
120602_0123~02.JPG120602_0123~01.JPG 

サンジェルマンのギャラリーに貼られていたパスター。
どれもこれもデザインがきれい。


フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
カルチェラタン<パリ・レポート61>
3月うさぎ
 120602_0300~01.JPG

パリ左岸、5区と6区にまたがったカルチェ・ラタン/Quartier latin

名門ソルボンヌ大学やパリ大学など大学が集中する学生街。
小振りの美味しいビストロなども多い地域で昼となく夜となく常に賑わいのある場所。

ソルボンヌ大学が神学校だった昔ラテン語を学んでいたことから、ラテン語を話す(=教養がある人たちがいる)地区という意味からカルチェ・ラタンと呼ばれるようになったとのこと。

フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
郵便<パリ・レポート62>
3月うさぎ
120602_0254~01.JPG120602_0255~01.JPG120602_0257~01.JPG 

絵はがきを2通日本に送りました。

郵便切手の販売は、意外なことにマシーンでした。
日本迄は0.89EUR。

ヨーロッパのポストは黄色が多いです。
フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
KUSMI TEA<パリ・レポート63>
3月うさぎ
120602_0153~01.JPG120602_0153~02.JPG120602_0154~01.JPG 

カルチェ・ラタンあたりでみつけた可愛い茶葉屋さん。
創業140年のKUSMI TEA

パッケージの色彩が鮮やかで、引きつけられます。
お土産にいくつか買っていくことにしました。
(イケメン店員さんが、丁寧に説明してくれました。)

今、パリは空前のお茶ブームなのだそうです。
フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
ビストロ<パリ・レポート64>
3月うさぎ
120602_0322~01.JPG120602_0353~01.JPG 

ビストロ/bistroとは伝統的フランス家庭料理を出すこじんまりしたレストランのこと。

この日は、夫が仕事で遅くなる・・という話しだったので、私も外食することにしました。

オデオンあたりの地元の人に愛されてる風なビストロに入ってみました。
レストランよりは、量もお値段も手軽で、カジュアルであまり気を張らずに入れるのが有り難いです。
1皿目は、パンとチーズがたっぷり入ったこってりオニオンスープ、2皿目は、白身魚のムニエルとインゲン、そしてデザートはプリンにしました。(ワインもしっかり写ってますね・・えへへ)

オーダーはすべてフランス語だったので、
聞き取りに自信が持てたモノを注文したらこうなりました。f^^;
でも、正解だったようでよかった。(というか、何を注文しても味は当たり外れなさそうだった)
しかも、夜だけど、14EURで納まったし~

滞在中にもう一度くらい訪れたいと思ったお店でした♪



フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
オデオン<パリ・レポート65>
3月うさぎ
120602_0425~01.JPG120602_0302~01.JPG 120602_0431~01.JPG

日本にもオデオン座って映画館がありましたよね?
あれはきっとこのパリのオデオンから来てるんだろうな。

サンジェルマン・デ・プレの交差点から2つ目の交差点付近がオデオン/Odeon
映画館で賑わう繁華街。
パリ大学もすぐそばなのでいつも活気があります。

映画のチケット購入のための列は外の歩道で(お目当ての映画ごとに)並びます。
雨の日はどうなるんでしょうねぇ。。

ほとんどの映画はフランス語に吹き替えられているとか。
たぶんハリウッド映画フランス語で見たらしまらないだろうね〜



フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
アンティークすごろく<パリ・レポート66>
3月うさぎ
120601_2202~01.JPG120601_2201~01.JPG 

サンジェルマンのとあるアンティークショップ。

このお店には、こういうアンティークの卓上すごろくゲームばかりが展示されている。
ブームになった時代があったのかな。。

よく見ると、なかなかヴァリエーションが面白い。
上のは、町並み建築シリーズ、下のは動物がいろいろいるけれど・・これは狩りの様子?
コマも、家形だったり、舟形だったり・・
コマを一つ進める度に、その世界の中に入りこんでしまいそう。。


一度ガラス越しではなくしっかり見てみたかったけれど、just looking!ってわけにもいかなさそうな雰囲気。

いつも店の前を通るたびに気になっていました。


フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
サン・ピエール大聖堂(外部)@ボーヴェ<ピカルディ・レポート1>
3月うさぎ
120602_1936~01.JPG120602_1936~02.JPG120602_1937~01.JPG 

2012.6.2(Sat)

さてさて、パリ・レポートはちょっとお休み。

週末はパリを脱出し、フランスのピカルディ、ノルマンディ地方をレンタカーで旅します。
まず、パリの北駅でレンタカーをget!
(日本から予約入れてたのに、車に乗り込む迄に1時間!相変わらずの手際の悪さ、、)

フランス初めてのドライブです。
パリ市街を抜けるのも意外とスーイスイ。

目指すはモン・サン・ミッシェルだけれど、ゴシック建築の傑作を訪れて廻るのもこの旅の大きな目的。

まずは、一つ目に訪問地は、パリの北北西76kmのところにあるボーヴェ/Beauvais
ピカルディ地方にある2000年の歴史を持つ古い町。
その町の中心にそびえるサン・ピエール大聖堂/Cathedrale St-Pierreがこれ。
火災、崩壊、修復を繰り返し、ついには身廊も造られないまま、資金不足の理由もある未完のまま放置され現在に至っています。
アミアンの大聖堂よりも大きな建物にしようとして、天井を高くしすぎたのが2度の崩落事故の原因になったらしい。。
しかし、未完とはいえ、見応え抜群。

夫は建築の歴史家なわけではありませんが、建築領域のデザイン論やデザイン史にまつわる講義をすることもあったりで大きな意味では専門に入るため、やぱりこの辺りはさりげによく勉強しているなあ・・と思います。(まあ、それくらいは導入部分だ!って言われそうですが・・)
実際、彼の学生時代、西洋建築史の授業言うと、延々と教会史をやるらしく、なんでこんなに教会のことばかり・・と不思議に思っていたけれど、それがヨーロッパに足を運んでその理由が初めて解ったとか。
昔は、教会建築からほとんどの建築様式が生まれたと言っても過言ではないということを。

そんなこともあって、ゴシックの名建築ともなってくると、徐々に建物を見る密度が私には理解出来ない領域になってきます(笑)。
そして、その夫曰く、この入口の木を模したようなこの造形は相当面白くて珍しいそうで。。な〜んかえらくツボっていました。
私としても、学術的に建築を観るにはこれ以上ないガイドさんと一緒なので、多少得した感はあります。ふ〜ん、そういうところを観るのね・・なんてところに感心しつつ私もゴシック再確認です。


フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
サン・ピエール大聖堂(内部)@ボーヴェ<ピカルディ・レポート2>
3月うさぎ
 120602_1939~01.JPG120602_1940~01.JPG120602_1949~01.JPG120602_1949~02.JPG120602_1953~01.JPG120602_1951~01.JPG

1277年に大聖堂の建築に取りかかって以降、2回の天井崩落事故を起こしているらしい。
推測するに、随分沢山の人たちがここで命を落としているのだろう、、

それらの傷跡もあり、財政難もあって、この教会は未完成で終わってしまったが、
それが幸いしてか、いじりすぎて初めに何をやりたかったか解らなくなっている教会などに比べて、
骨格がよく解り、ゴシック本来のコンポジションの美がむしろきりっと伝わってくるところがある。

大聖堂にとって身廊(入口から大祭壇までの中央通路のうち、十字に広がる翼廊までの部分)
がないということは致命的ではあるが、
この大聖堂が、アミアン大聖堂(ゴシック教会最高峰の)を越える建築に・・
という野望を持って建てられた意気込みは今の私たちの心をも打つものがある。

百年戦争末期、ブルゴーニュ軍にこの町が包囲されあわや落城という時に、
勇敢な少女ジャンヌ・アシェットがこの町を救ったとされる。
もう一人のジャンヌ、ジャンヌ・ダルクの活躍は世界に知られているが、
アシェットのケースもなかなか不思議なものがある。
少女が率いたという女性軍が勇戦したと言うが、
一体どんな作戦をとったのか・・逆に男性軍は何をしていたのか、、
謎も多いけれど心惹かれる話しの一つである。





フランス旅行4
comments(0)
trackbacks(0)
calendar :::: entry :::: comment :::: trackback :::: category :::: archive :::: link admin :: profile :: RSS1.0 :: Atom0.3 :: jugem