3月うさぎ

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Hotel Niko<クロアチア・レポート22>
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クルク島では、陸から一番遠いところに
一番栄えている街があるのが面白いと感じました。
海洋国時代の栄華に心馳せてみます。

また、何にもない一本道を引き返し、
あの大きな橋を渡って、クロアチア本土に
戻ります。

そして、その後は、ひたすら南へ。南へ。
目的地は、かつてダルマチア地方 / Dalmacijaの中心として栄えたザダル / Zadar


ようやく着きました!!
Hotel Niko。

小さなアットホームな雰囲気のホテルです。
アドリア海紀行12
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客室@Hotel Niko<クロアチア・レポート23>
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Hotel Nikoには、部屋は小さいのになぜかバルコニーが二つ付いてます。

大きい方のバルコニーからは、すぐ前に海も見えますよ〜♪


気持ちは買いますが、設計(プラン)はあまり上手いとは言えない感じです。笑


アドリア海紀行12
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海水浴<クロアチア・レポート24>
3月うさぎ
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Hotel Nikoは、目の前がもう海。
しかも、めずらしく砂浜のビーチです。

部屋で水着に着替えてそのまま海に行けるというのは有り難い。




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Restaurant Niko<クロアチア・レポート25>
3月うさぎ
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 Hotel Nikoに併設している Restaurant Niko

予約でいっぱいの人気のレストランです。

まずは入口から、生き生きとした魚や貝のディスプレイで、すでに期待感max!

クロアチア人というより、イタリア人でしょ!!って感じの楽しいチーフも、人気の一因かな・・って思いました。

美味しくてお腹も気持ちも満足した頃、ホテルのチャーミングな女性オーナーもテーブルまでわざわざ挨拶に来てくれました。

私が、レストランのロゴマークを見て「Nikoていうのは、クロアチア語でタツノオトシゴのこと?」って聞いたら、そうよ!!って。
聞いて見ると、彼女のおじいちゃんが1967年にこのホテルとレストランを開業したのだそうです。今年でちょうど50周年とか。
・・つまり彼女で3代目ってことですね☆

後で、入口のところに貼ってあった写真を見ていると、おじいちゃんらしき人が楽しげな様子で写っていました。
往年のRestaurant Nikoのようです。


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キュウリのサラダ<クロアチア・レポート26>
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サラダについて。

私たちはサラダというとついつい、いろんな具材が入ったミックスサラダを思い浮かべてしまうが、クロアチアでは、キュウリのサラダというと本当にキュウリだけ、トマトのサラダというと本当にトマトだけが出て来る。

でも、フランスは、ミックスサラダだった気がするんだけど。
イタリアは、クロアチア傾向が多かったかも。。

この日も、リストのサラダの項目の中からキュウリを注文したら(この時はだいたい覚悟はできていた)こんなシンプルなキュウリのサラダ!!

一人で食べたら、コウロギになってしまうかもしれない☆



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パンケーキ<クロアチア・レポート27>
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パンケーキについて。

クロアチアでパンケーキを注文すると、こういうモノが出て来ます。。
クレープじゃありません。
これがパンケーキです。
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ザダル<クロアチア・レポート28>
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港湾都市ザダルは、かつてダルマチア地方の中心でした。

町の起源は、紀元前9世紀のリブルニア人の集落まで遡り、ローマ帝国の支配を経て、中世には、ヴェネツィア共和国と競う程の勢力を持っていたとか。
ヴェネツィア共和国との争いでは、第4次十字軍に攻撃され、その後ヴェネツィア共和国の支配下におかれています。
キリスト教勢力でありながら、十字軍の攻撃を受けた(イオニア海への足がかりに、どうしてもヴェネツィアはここを押さえたかったので、十字軍を使って征服した)ことは、その後のザダルにとってもアイデンティティに関わる重大なファクトになっているようです。

↓ ザダルの街を歩いていると、突然遺跡が足の下に出現したりします。

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有翼の獅子<クロアチア・レポート29>
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翼の生えたライオン(有翼の獅子)は、ヴェネツィア共和国守護聖人聖マルコのシンボル。

アドリア海沿岸でときどき見つけるこの像は、かつてそこがヴェネツィア共和国の支配下にあったことを物語っている。
(そう言えば、ヴェネツィアのサン・マルコ広場では、このライオンさんが高い所に居ましたね〜)
いわば、犬のマーキングのようなもの。(←お下品な例えでスミマセン、、)

逆に、中世から近代にかけてこのマーキングがなかったのは、アドリア海岸ではドゥブロブニク周辺だけだったとか。


ここは、旧市街正門。


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聖ドナト教会<クロアチア・レポート30>
3月うさぎ
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聖ドナト教会 / Crkva sv. Donata

9世紀に建てられたプレ・ロマネスク様式の円形教会。
石材の一部は、ローマ時代の神殿などからも転用されている。
円柱もかつてのものをそのまま教会の土台として使われているらしい。



↓ これらは、たぶん転用されなかった方のローマ時代の石材。

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シーオルガン<クロアチア・レポート31>
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旧市街の北西部海岸にあるシーオルガン / Morske orgulje

海岸に埋められた装置が、海岸に風が吹くと反応して音を発しメロディになるという仕組み。
地元の建築家が、戦争復興のシンボルとして考案した。

床全体が大きな楽器になっているかのようだ。
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