ドゥブロブニクからおよそ3時間程度の道。
そのあいだ結局、町らしい町にはおよそ出遭うことはなかった。
でも、幹線道路に出てからは、割合あっけなくモスタル / Mostarに到着することができた。
初めに着いたモスタルのダウンタウンは、とりとめがなくて観光客にとってあまりウェルカムな空気はない。
予約していた宿もうまく見つからない、、
でも、道を聞いた男性が「ああ、知ってる、知ってる」と快く車を誘導してくれたので助かった。やっぱり人の親切に遭うと、いきなり町との距離も縮まるものだ。
モスタルでの宿は、Bosnian National Monument Muslibegovic House。
まったく〜長い名前ですよね。。
90年代の戦争で被害を受けた旧家をスペインのパラドール(国営宿舎)をヒントに宿泊施設にしたとのこと。
塀の中は外とは一変して花にあふれる美しい庭を持つムスリム(イスラム教)の邸宅であります。
典型的なムスリムハウスはその建築そのものがミュージアムにもなっていて、
ガイドのしっかりしたクレバーな感じのお姉さんが、丁寧に説明してくれた。
彼女は、一体何人なんだろう。。
白い肌のクロアチア人(いわゆる西欧人的)のようにも見えたが、スラブ人ということもあるのかもしれない。
でも、少なくともムスリム系には見えなかったが、尋ねてみる勇気は出ない。
やっぱり、この辺は、紛争の歴史がまだ風化していないところもあるので、民族や宗教の話しは
その複雑さをよく知らない人間が無邪気に質問してみるにはハードルが高すぎる。
そんなことでビビっていたら、昨日まではどこの町にいたの?と聞かれる。ドゥブロブニクと応えると、
感想を聞かれてしまう。ボスニアとクロアチアの関係が現在どんな感じなのか?と思わず余計な気を遣ってしまう。
彼女自身はニュートラルな印象だったけど、一緒にいた他の旅行客がサラエボから来たと言っていたので、
余計な気を回してしまった。
ま、ファーイーストの国から来た旅行客が気を遣っても仕方がないんだけど、ね。
このニュアンスをうまく説明出来ないけれど、この町に流れるネレトヴァ川の東は、ムスリム人、西はクロアチア人が
住み分けている・・というと、少しはこの町の特殊性が伝わるだろうか。
ここに来ると、もうヨーロッパじゃないみたいでしょ。。
そうなのだ。旧市街に出るともっとびっくり!な風景が待っていたのです。